(はじめに)
みなさんは、江戸時代の超有名パロディ文学『東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)』をご存知でしょうか?
「弥次さん・喜多さん」の愛称で親しまれる凸凹コンビが、お伊勢参りを目指して東海道を旅するコミカルな物語です。
子供向けの絵本や学校の教科書では、「仲の良いお調子者の友達同士」として描かれることが多いですよね。
しかし、実はこの二人、単なる友人関係ではありません。
実は「男性同士の恋人関係(男色)」であり、故郷を捨てて駆け落ちしてきた元カップルという、現代でいうBL(ボーイズラブ)のような衝撃の裏設定が存在するのです。
今回は、知ると『東海道中膝栗毛』の景色がガラリと変わる、二人の本当の関係性と江戸時代の意外な恋愛文化について詳しくご紹介します。
実は恋人同士!弥次さんと喜多さんの「出会いと過去」
本編の旅のシーンでは、行く先々の宿場で女性をナンパしてはフラれるお気楽な二人ですが、旅に出る前にはドロドロの愛憎劇がありました。
この衝撃の過去は、本編が大ヒットした後に作者の十返舎一九が書き下ろした『東海道中膝栗毛 発端(ほったん)』という前日譚(エピソードゼロ)で詳しく明かされています。
喜多さんは元「陰間(男娼)」だった
実は、年下の喜多さん(喜多八)は、若かりし頃に役者や「陰間(かげま)」と呼ばれる男性の芸者(男娼)をしていました。
そこに客として通い詰め、熱烈に一目惚れしたのが、当時は実業家として裕福だった年上の弥次さん(弥次郎兵衛)だったのです。
そこに客として通い詰め、熱烈に一目惚れしたのが、当時は実業家として裕福だった年上の弥次さん(弥次郎兵衛)だったのです。
心中未遂から「駆け落ち」で江戸へ
二人の関係は次第に本気になり、弥次さんはなんと妻を離縁して、喜多さんと一緒に生きる道を選びます。
しかし、弥次さんの商売が傾き、さらに二人の関係が周囲にバレそうになると、なんと「一緒に死のう」と心中未遂まで起こしてしまいます。
しかし、弥次さんの商売が傾き、さらに二人の関係が周囲にバレそうになると、なんと「一緒に死のう」と心中未遂まで起こしてしまいます。
結果的に死にきれず、故郷を追われるようにして江戸へと駆け落ちしてきたのが、二人の旅の本当のプロローグ(始まり)なのです。
なぜ「男色」の設定だったのか?江戸時代の恋愛文化
現代の感覚だと「隠されたスキャンダル」のように思えますが、江戸時代当時はまったく受け止め方が違いました。
男性同士の愛「男色・衆道」は粋な嗜みだった
江戸時代には、男性同士の恋愛文化は「男色(なんしょく)」や「衆道(しゅどう)」と呼ばれ、武士や庶民の間でごく一般的に受け入れられていました。
特に当時の江戸は、地方から出稼ぎに来る労働者が多く「圧倒的に男性の人口が多い街」でした。
そのため、男性同士が愛を育むことは珍しいことではなく、むしろ一種の粋なライフスタイルとして大衆に親しまれていたのです。十返舎一九は、当時の「あるある文化」をスパイスとして物語に盛り込んだと言えます。
元恋人なのに…本編で見せる「ギャップ」が面白い!
これほど熱烈な恋愛を経て駆け落ちした二人ですが、いざ東海道の旅が始まると、そのロマンチックな雰囲気は微塵も感じられなくなります。
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- 行く先々の宿場でかわいい女の子を見つけては、二人で競い合ってナンパする
- お互いに足を引っ張り合い、恥をかかせ合う
- 騙し騙されのドタバタ劇を繰り広げる
「あの心中未遂のシリアスさはどこへ行った!?」と突っ込みたくなるような、この過去の重さと本編の軽さのギャップ(ギャグ要素)こそが、作者が仕掛けた最大のユーモアであり、江戸っ子たちに大ウケした理由でした。
まとめ:裏設定を知ると、旅の景色が変わって見える
『東海道中膝栗毛』の弥次さん・喜多さんに隠された、まさかの恋人設定。
一見するとただの不真面目でお調子者の二人組ですが、「色々な苦難を乗り越えて、今はお互いが唯一の相棒なんだな」と思って読むと、彼らのドタバタ劇が少し愛おしく見えてくるから不思議です。
日本の古典文学には、教科書には載らない面白いリアルな人間の姿がたくさん隠されています。ぜひ、そんな視点でもう一度二人の旅を覗いてみてはいかがでしょうか?
