
松任谷由実
松任谷由実さんは、優れたアーティストとして、これまで数々のヒット曲を世に送り出してきました。
・春よ、来い(1994年):同名のNHK連続テレビ小説の主題歌、ミリオンセラーを記録した名曲
・真夏の夜の夢(1993年):TBS系ドラマ『誰にも言えない』の主題歌、自身最大のシングル売り上げ(ミリオンセラー)を記録
・ルージュの伝言(1975年):新井由美名義の初期の代表作。スタジオジブリ映画『魔女の宅急便』のオープニング曲
・やさしさに包まれたなら(0974年):新井由美名義の楽曲。映画『魔女の宅急便』のエンディング曲としても有名
・守ってあげたい(1981年):映画『ねらわれた学園』の主題歌やテレビ番組のエンディング曲として親しまれたヒット曲
・ひこうき雲(1973年):荒井由美名義のデビューアルバム及びジブリ映画『風立ちぬ』の主題歌
・恋人がサンタクロース(1980年):冬やクリスマスの定番ソングとして長年愛されている楽曲
このほかにもまだまだヒットした曲がたくさんあります。
『春よ、来い』
この中で、『春よ、来い』というが楽曲があります。
この曲は、NHK連続テレビ小説『春よ、来い』の主題歌として、用いられ大ヒットした曲ですね。
ドラマの内容は、脚本家橋田寿賀子の自伝的小説を原作とする、女性の自立を描いたドラマでした。(1994年10月3日~1995値年9月30日(全307回)放映。
松任谷由実が『春よ、来い』で訴えたかったことは、
単に、季節の春を待つだけではなく、「激動の時代における喪失の悲しみを乗り越え、未来への希望(春)をたぐり寄せる」という強いメッセージが込められています。
聖書から見る『春よ、来い』
聖書的な視点
聖書の背景:旧約聖書の『雅歌』2章11-12節にはこうあります。「見よ、冬は過ぎ、雨もやんで、すでに去り、もろもろの花は地にあらわれ、鳥のさえずる時がきた。」 つまり、苦難の時代が終わり、神の祝福(春)が来ることを預言する美しい描写です。
聖書(コリント人への手紙第二 2章15節)では、信仰者の生き方やキリストそのものを「キリストの香り」と表現します。
また、沈丁花の花言葉は「永遠」「不滅」「栄光」です。肉体は滅びても、その人が遺した愛や、キリストへの信仰(面影)は、かぐわしい香りとなって永遠に残り続けるという、「永遠の命」の教えに重なります。
聖書において「雨」は、神が天から注いでくださる「恵み」や「聖霊」の象徴です。また「光」は神そのものです(ヨハネの手紙第一 1章5節:「神は光であって、神には少しの暗いところもない」)。
暗い雲(試練)の中でも、同時に神の光が差し込んでいるという描写は、「どんなに激しい試練(雨)の中でも、神の恵みの光は常にあなたを照らしている」という、聖書が教える「希望」のあり方を視覚的に表現していると言えます。
これを聖書的に見ると、「神(キリスト)にすべてを委ねた(預けた)魂が、神からの応え(救い・祈りの聞き届け)を忍耐強く待っている状態」と解釈できます。
信仰の大切さ
聖書では、人間が神を待ち望む姿勢(信仰)の大切さが繰り返し説かれます。(詩篇 130篇5節:「私は主を待ち望みます。わが魂は待ち望みます。そのみ言葉によって、わたしは望みをいだきます」)。
目で見える現実(厳しい現実や孤独)ではなく、目を閉じて心(霊)の目で「君(神/愛する存在)」の輝かしい姿を見る。
✝️ 聖書的解釈のまとめ
春よ、来い
淡き光立つ俄雨 いとし面影の沈丁花 溢るる涙の蕾から ひとつひとつ香り始める
それはそれは空を越えて やがてやがて迎えに来る 春よ遠き春よ 瞼閉じればそこに 愛をくれし君の懐かしき声がする
君に預けし 我が心は 今でも返事を待っています どれほど月日が流れても ずっとずっと待っています
それはそれは明日を超えて いつかいつかきっと届く 春よまだ見ぬ春 迷い立ち止まるとき 夢をくれし君の眼差しが肩を抱く 夢よあさき夢よ 私はここに居ます 君を思いながら一人歩いています 流るる雨のごとく 流るる雨のごとく
春よ遠き春よ 瞼閉じればそこに 愛をくれし君の懐かしき声がする 春よ まだ見ぬ春 迷い立ち止まるとき 夢をくれし君の 眼差しが肩を抱く
春よ遠き春よ 瞼閉じればそこに 愛をくれし君のなつかしき声がする 春よ遠き春よ 瞼閉じればそこに 愛をくれし君の懐かしき声がする 春よまだ見ぬ春 迷い立ち止まるとき 夢をくれし君の 眼差しが肩を抱く・・・

